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国際ジャーナリスト会議( International Journalists‘ Congress )の略称で1968 年にニューヨークに本部が設立されました。 当時、日本は、「もはや戦後ではない!」の号令一下ひたすら経済発展の道を驀進し、たちまちのうちに世界有数の経済 大国の座に駆け登ろうとしていた、まさに「経済至上主義」の真っただ中にありました。 しかし、その反面、精神面ではかえって衰退の方向に向かっており、 ジョン・ケネス・ガルブレイス教授やダニエル・ベル教授・・・・・ら、世界の錚々たる「日本ファン」の 大先達の失望を買っていました。 特に戦後民主主義の生成 ・発展の過程で順調に成長しつつあった「言論の自由」や「思想・信条の自由」といった基本的人 権の根幹にかかわる部分は、折からの「テレビ」などニュー・メディアの急激な膨張とともに精神的・形而上的退廃の道を 突っ走り、「第四権力」などという夜郎自大的な自己過信のもとに、まさに「言論の不自由」そのものの閉鎖的特権意識の上にあぐらをかいた薄汚い存在となり始めていました。 思えば1945年10月の『マッカーサー指令』のもとで初めて「自由」と「独立」を取り戻した時の、あの初々しい歓喜や初一念は一体どこに行ってしまったのでしょう? そして、その象徴的なものが、世界に珍たる「日本の記者クラブ制」の分厚いカベだったのです。まさに「バカのカベ」そのものに手厚く保護されて、官僚や政界、財界から意図的に押し着せられた「権力側の都合のいい情報」だけをタレ流していた 当時の日本のメディア状況を見て、世界のジャーナリストたちは仰天し、軽蔑の眼を見張りました。そして、何よりも彼らを怒らせたのは、現地取材に乗り込んだ時には地元のジャーナリズムが全面的にサポートする、という世界の常識とは全く正 反対の態度 しか取り得ない日本のジャーナリストたちの自己保身的な情けない姿勢でした。 当時、世界最高峰のジャーナリストの鑑として仰ぎみられていたジェームズ・レストン氏や、名著『セブン・シスターズ』で石油 寡占巨大メジャーの悪辣な陰謀を暴き、『戦争商人』で武器市場の背後を鋭く描き出したイギリスの気鋭のノンフィクション 作家アンソニー・サンプソン氏ら、多数の心あるオピニオン・リーダーたちがニューヨークに結集し、「IJC」という名の新しい連帯機関を創設したのはまさにこの時でした。 「日本のジャーナリズムが、かくも独善的になり、退廃の極に達した最大の原因は、ジャーナリストという尊いプロフェッション (聖職)が、一部のエリート大学出身者だけを集めて排他的かつ権力的な少数メディアをエスタブリッシュしてしまったからです。 「我々は、このようなメディアの周辺に蝟集する『狭義のジャーナリスト』たちの手から、情報の本来の担い手であるべき一般 大衆に広く門戸を開いた『広義のジャーナリスト』、すなわち人間本来のヒューメイン(人情味溢れる)な心情にもとづいて 日々(ジ ュルナール)人間社会に起こりつつある事柄を迅速かつ的確に感得し伝達することのできる全ての人々の手にとり もどさなければならない!」 と喝破したこの初代「IJC」の精神を最も純粋に継承し、非力ながらも、世界の心ある情報伝達 者(言葉の真の意味におけるオピニオン・リーダー)たちと緩やかな連帯を保ちつつ、日々倦まず弛まず「広義のジャーナリ ズム活動」を深く静かに貫徹して行こう、というのが我が「ijc−japan」の基本的な信念です。 いま、空前のサイバー・スペース化の波に乗って、奇しくも我々が半世紀前に志した「閉ざされた少数巨大メディアの徹底 的打破」という大命題は期せずして実現の方向に向かいつつあり、NHKや朝日新聞までもがラディカル(根元的)な変容を 迫られつつあります。 まさに「万人がジャーナリスト=オピニオンリーダーとしての資格を有し、社会的な責任と義務を負う」という新世紀が到来したのです!